毛利公一。
村上の大学時代の後輩。
酒を飲んだりバカ騒ぎをしたり、学生時代は楽しい時間を共に過ごしました。
インターハイやインカレでも活躍した棒高跳びの選手。
アメリカ留学中に不慮の事故により頚髄損傷し、肩から下が不自由になりました。
下記の文中にもありますが、事故直後はほとんど身動きができませんでした。
日本に戻ってきてしばらくしてから村上も病院へお見舞いに行きましたが、リクライニングを起こすと頭から血が引いていき、かなり辛い、と言ってました。
そんな彼ですが、大学時代から「努力ブロック」の一員。
持ち前の明るさと負けず嫌いな性格でリハビリに励み、今では電動車いすで生活するまでに。
メールもできます。
あごでマウスを動かして文字入力。
mixiなども楽しんでいるようです。
村上も自宅にお邪魔した際にあごで操作してみましたがそう簡単なものではありません。
並々ならぬ毛利の努力を改めて感じた次第です。
そんな彼が地元の新聞で取り上げられました。
事業の詳細などは記事をご参照ください。
前向きに生きている彼の姿に刺激を受けています。
講演活動もすでにいくつも決定しているとのこと。
本人の了解を得ることが出来ましたので記事と写真を掲載させていただきます。
新聞記事より転載
訪問介護サービス開始へ-頚髄損傷の毛利さん
2008/03/05 09:18
利用者の目線で考えた居宅訪問介護サービスを担うNPO法人を立ち上げた毛利公一さん
海での不慮の事故で頚髄(けいずい)を損傷し、頭部と首しか動かなくなった毛利公一さん(26)=香川県観音寺市観音寺町=が、利用者の目線で考えた居宅訪問介護サービスを担うNPO法人を立ち上げ、4月からの事業開始に向けて準備に余念がない。将来を嘱望された陸上選手からの暗転にもかかわらず、ハンディを乗り越えようと、リハビリでは家族や友人に支えられながら、新たな夢へ向け、明るく前向きに取り組んでいる。
中学時代から棒高跳び競技を始めた毛利さんは、観音寺一高時代に3年連続でインターハイに出場、高校3年の1999年には3位となり表彰台に上がるなど活躍した。早稲田大に進学後も関東インカレで優勝するなど輝かしい成績を収めた。
生活が一変したのは、棒高跳びのコーチングと語学習得を目的に留学していた米カリフォルニア州での事故。2004年7月、サーファーの人気を集めるラグナビーチで、波打ち際から大きな波の「壁」に向かって飛び込んでしまい、背骨の上から3番目の骨を脱臼骨折する重傷を負った。一緒に遊びに行った友人たちとたまたま通りがかった老夫婦に救助されたという。
手術後は目と肩がわずかに動く程度で、医師からは一生、呼吸器をつけたたままの寝たきり生活を宣告された。しかし、毛利さんは持ち前の負けん気の強さでリハビリに励み、事故から約1年半後には呼吸器なしで、息ができるまでに回復。「手足を使ってもう一度歩くこと」を目標に、今も毎日最低3時間のリハビリを続けている。
事業を思いついたのは、精神的にも落ち着きを取り戻した昨年6月ごろ。介護保険制度や医療制度を調べるうちに、「同じ訪問介護サービスの利用者の立場で、体の不自由な人のために役に立ちたい」という思いが募り、介護サービスの利用者ならではの目線で考えたアイデアを次々と考案した。中高時代の友人らの助けもあって、ホームへルパー、理学療法士、看護師ら必要な人材も集まり、今月1日にNPO法人「ラーフ」を設立、事業開始に目途が立ったという。
予定している訪問サービスは、介護をはじめマッサージ、リハビリ補助、散髪、福祉自動車のレンタル。将来的には、庭の手入れやネイルアートなども視野に入れており、ヘルパーや作業療法士だけでなく、庭師やネイルアーティストらも募っている。問い合わせは毛利さん<080(3169)8030>。電話に出るまで時間がかかるので長めのコールが必要。
